ケニアからの手紙 Vol. 26

2016年9月28日発行

 

◇ナイロビ・丸川さんからのメッセージ

 

いつも「手紙」は遅れがちだったのですが、今回は7ヶ月振りになってしまいました。

というのも、今年になって体調面というより、精神面であまり調子が良くなく、文章を書く気持ちになかなかなれませんでした。

この8月には、更にいろいろな事が重なり、メルーの奨学金のセミナーも欠席してしまいました。セミナーの報告は、富塚にこの後詳しくしてもらいます。

まあ不調の原因は、年を取ったこと、と実感させられたこと、ということでしょうか。

 

今年7月で、66才になりました。また、この9月初めで、初めてケニアに足を踏み入れて以来、40年になりました。その間110回ほど日本との間を往復しましたが、計算してみますと、日本に住んでいた年月よりケニアに居た年月の方が、長くなってしまったようです。

 

また1994年の2月に、ナイロビ郊外30kmほどのルアイに家を建てて引っ越ししましたが、以来22年6か月。(当時はまだ本当の田舎でしたが、今は新興の大住宅街です)

私は神戸市長田区前原町に生まれ育ちましたが、これもルアイが前原町を追い越してしまったようです。

 

まあ気を取り直して、これから何でケニアに貢献出来るかなと、今までやった事を思いだしつつ、考えてみますと、やはり奨学金でしょうか。

今世界で起こっていることを考えても、子供に学校に行かせるのは、もちろんそれだけで価値ですし、貧しい国でそうしなければ、世界が潰れてしまうかもしれません。

 

というわけで、報告の方は富塚にまかせて、私の方からは、奨学金の寄付をお願いいたします。それから、紅茶も買ってくださいね。

 

9月22日  ナイロビはルアイにて 丸川正人

 

◇奨学金プログラムのご報告

 

2016年8月21日14:00より、奨学金プログラムセミナーをGithongo製茶工場のホールで開催。その様子をご報告させていただきます。

 

茶畑担当マネージャーのムズリ氏が開会のあいさつをし、出席している製茶工場のスタッフ(4名)、農家代表役員(5名)、日本ケニア交友会のムンガイ氏と私の紹介をしました。集まった学生は35名。開会のあいさつの後は、製茶工場の女性スタッフが料理してくれたランチをいただきます。ごちそうのメニューは、チキン、ビーフシチュー、ライス、チャパティ、ムキモ(マッシュポテト)と、ソーダドリンクです。お昼を食べ終えたころ、改めてセミナーが始まりました。

 

まず、農家代表役員のひとり、ムンガニア氏が、学生たちに語りかけました。彼は、紅茶生産者でもあり、高校の先生でもあります(彼が教えている高校にもこのプログラムの奨学生がいます)。一言のつもりが、学生たちに伝えたいことがあったのでしょう、奨学生たちに向け

「君たちはとても祝福されている。なぜなら、この奨学金の支援によって、よい風を吹かせてもらったからだ。よい風にのって、飛びなさい。高いところに目標を定め、どんどん飛びなさい」と。

 

今年になり、ケニアの一部の高校で、学校に対して不満を持った生徒たちが、ストライキをして学校を燃やしてしまう事件が発生しています。ムンガニア氏は高校の教師として、「こんなおろかな行為をしていては、授業を遅らせ、自分たちの将来をだめにするだけだ。勉強に集中しなさい」と訴えました。そして、「学校の建物は、君たちの親の世代や有志が、みんなでお金を出し合って、建てたものなんだ。それを忘れてはいけないよ」と伝えました。

 

セミナーに参加した奨学生たち

 

高校の先生と言えば、紅茶農家代表チェアマン・ムレィディ氏も、退職した高校教師です。ムンガニア氏のスピーチのあと、学生たちに、よく考えるよう促しました。

 

そして、製茶工場のマネージメント。

製茶工場長のムワンギ氏は、「たくさんいるティー・バイヤーで、産地を訪ね、教育支援をずっとしてきてくれたのは、日本ケニア交友会だけです。代表の丸川氏に感謝しましょう」と話し始めました。「成績のよい仲間とつき合いなさい。自分が前進できる油を注いでくれる友人を見つけなさい。切磋琢磨し、お互い支え合い、押し上げて成長できるよう、互いによい影響を与え合いなさい」。

 

チェアマン・ムレィディ氏も、付け加え、

「高校は2年目からいろいろ変化が出てくるものです。だから、こうやってみんなに話をしているんだよ、わかるかい? 泥棒と一緒に歩いたら、泥棒になってしまう。タバコを吸う人間と一緒にいたら、自分も吸うようなる。よく注意して、つき合う仲間を選びなさい」と。そして、今年選ばれた新一年生たちのために、改めて日本ケニア交友会の簡単な紹介をしてくれました。

 

「この奨学金プログラムは、丸川氏の日本ケニア交友会が始めてくれました。Kenya-Japan Trade On Friendship(日本ケニア交友会の英語)という会社名が、何を物語っているかわかるでしょう。ケニア(KTDA)には65もの製茶工場がありますが、私たちGithongo Tea Factoryだけが、このプログラムの恩恵を受けています。交友会・代表の丸川氏とは、1990年頃、別の地域で行われていた水のプロジェクトを通じて知り合いました。以来、紅茶生産者と製茶工場は、ビジネスパートナーとしてのすばらしい関係を築いてきました。彼は茶葉の収穫地域内にある公立小学校、君たちの出身校にも1つずつ回って寄付をしてくれました。 そして、ここにいる役員のンテーレ氏が先生をしていたMpuri小学校では、その寄付で学校の入り口の門を作りましたね。

 

君たちが高校卒業後、進学、そして社会に出るときには、Githongo Tea Factoryの大使だということも忘れてはいけないよ。君たちを育ててくれた社会に還元するんだ。自分のことばかり考えずに、弱い立場の人たちを助けてあげられるようになりなさい。社会が少しずつ変わってきているから、昔と違って、優秀で正直な学生には必ず誰かが助けてくれるからね。

 

君たち・製茶工場の大使たちは、紅茶生産者である親御さんや近隣の人たちに、これからも【一芯二葉】で茶摘みするよう伝えてください。わかるかな、【一芯二葉】?質の良い紅茶は、ていねいな茶摘みから始まるんだよ。キーワードは?」

 

学生みんなが声を合わせて

「Two leaves and a bud(一芯二葉)」と答えます。

 

「ここGithongoのお百姓さんたちは、とても協力的で、平和な人たちです。そんなすばらしい産地を紅茶のバイヤーたちは探してきます。世界は小さくなって、Global Villageとなっています。よいニュースも悪いニュースも、世界中にすぐ伝わるということを、覚えておきましょう。そして私も、ずいぶん歳をとってきていますから、学生のみんなからは、いいニュースしか聞きたくないからね(笑)」。

 

そして、去年から農家代表役員となっている女性の役員・マケナ氏。はつらつとスピーチを始めました。

 

「私はいま、マスター課程を勉強しています。そして、その合間に、若い子たちとも接し、相談にのったりしています。高校はたったの4年間しかありません。あなたたちがどんな家庭環境で育ち、大変な思いをしてきているか、よくわかっています。ただ、忘れていけないのは、もっと厳しい環境にいる仲間たちもいるということです。あなたたちは、マットレスが薄いからといって、文句は言ってはいけません。何事にも感謝をしましょう。

 

女の子たちはヘアースタイルに気をとられてはいけません。私はこんなふうに短くカットしていますが、短いからといって、何も私をだめにする理由なんかはありません。本をたくさん読んで、勉強して!丸川さんに、しっかりとこの恩を返すように努力してください。 あなたたちの顔を見ると、よい未来が感じられます。何かあったら、信頼できる人に相談をしてください。私は大学一年のときに父親を亡くしましたが、とあるプログラムのおかげで卒業できました。みんなも、このプログラムに感謝しながら、しっかり勉強して、りっぱに成長していってくださいね」。

 

女性初の役員であるマケナ氏のことばは、特に女の子たちを勇気づけたと思います。ケニアでは、日本よりも女性の社会進出が目立っています。Githongoのような農村地帯でも、女性の活躍が進んでいるようですね。国境に関係なく、都会でも地方でも女性の地位がさらに向上する希望を感じました。

 

そして、同じく役員・ンテーレ氏のスピーチ。

「私の伝えたいことは・・・短いから安心して(笑)。自分がどんな人間かを見極めなさい。そして学校では、弱い科目を集中的に勉強し、成績全体を引き上げるように努力しなさい!」

 

そして、ケニア交友会・ナイロビ本部のマネージャー・ムンガイ氏のスピーチ兼業務連絡です。

「まずは、簡単な自己紹介を。 私は2002年12月に丸川氏の会社に入社し、紅茶の買付から輸出に関することを中心に仕事をやってきています。今日は、残念ながら丸川氏は欠席ですが、丸川氏の伝えたいことは、これまで役員やマネージメント、チェアマンが代わりに話をしてくれたから、よく覚えておくように。

私からは、このプログラムのこれまでの様子を少しお伝えします。

 

まず、2011年と2012年に選ばれた学生は、すでにKCSE(卒業資格試験)を修了し、高校を卒業しています。そのうち、2014年には4名、2015年には3名、大学に入る資格を得ました。この奨学金プログラムで選ばれた人数は、2013年は6名、2014年は8名、2015年は13名、今年は13名。現在は40名が、この奨学金プログラムのもと、高校に通っています。2011年から今年まで、日本ケニア交友会は52名をサポートしてきました。

 

それと、残念なことですが、私たちに連絡なしに、学校を転校した子たちがいました。学費の支払いの関係があるので、学校を変えるときや学費の明細など、きちんと連絡するように」。

 

 

最後に、チェアマンが「学生の方から、だれかスピーチする子はいないかな?」と促すと、今年3年生のアーネスト・ムイリギ君がすっと立ち上がり、「ぼくは、言葉に表せないほど感謝しています。丸川氏からチャンスをもらい、いま、3年まで進むことができました。行きたかった高校に進ませてもらい、ほんとうにありがとうございました。丸川氏という人が、ぼくを人にしてくれたと、感謝しています」。

 

 

「女の子では、だれかいないかな?」とチェアマン。するとジョイ・カズレさんが立ち上がりました。「丸川さんと日本のみなさまに感謝しています。勉強して立派な大人になって、自分を育ててくれた地域やケニアに貢献できるようにがんばります」。

 

閉会のあいさつとして、役員のムガンビ氏が感謝のことばを述べ、セミナーが無事終了。その後に、おいしいチャイをいただき、それぞれ帰っていきました。

 

郵便振替口座 00110-5-450063

日本ケニア交友会寄付金・奨学金係

または、ゆうちょ銀行 店名〇一九

 

(ゼロイチキュウ)当座0450063

 

 

引き続きご支援のほど、よろしくお願いいたします