2009年10月2日発行  秋晴れ号vol.12 

 

丸川さんからのメッセージ  

前回の手紙に書いたオバマの話の続きを少しだけ。

オバマの父方の兄弟・いとこ達ですが、高等教育を受け、出世した人がいる様子はありません。もしいれば、この間に紹介された筈ですから。


弟の1人は、ナイロビのスラムの住人で、日雇いの車修理工をやっているようです。オバマのお父さんは、生活を楽しむのに忙しくて、若い子達の教育にはあまり熱心ではなかったのかもしれません。車の修理工が悪いのではないのですが、個人の才能発揮に果たす遺伝的な要素、教育を含めた環境、そして個人の努力の組み合わせというのは、非常に微妙なものがあります。


ちなみに、オバマの弟の車修理工のような肉体労働者を、こちらではJua Kaliと呼びます。Juaは「太陽」、Kaliは「鋭い」という意味で、つまり「太陽が暑い、痛い」から転じて、汗を流して働く人のことをこう呼びます。ナイロビのJua Kaliメカニックはたいしたもので、何せ私は今までにケニアの道路上を50万km以上(飛行機では250万km以上)移動してきましたし、古くなっても売りませんので、ボロ車を4台持っています。

 

どれもケニアのガタガタ道を20万km以上走っていますので、壊れて止まってばかりいます。こうしたポンコツを、中古車から取ったパーツを買い集めて、何とか走るようにしてしまうのですから、感心するばかりです。このところ家の修理で大工等のJua Kali達を何人も使う機会があったのですが、これも見事な出来栄えでした。ケニアのこうしたJua Kali達をうまく使ってやると、ケニアの発展もかなり希望が持てそうな気がします。

 

紅茶畑のお百姓さん達を含めて、こうして汗して働く人たちをアシストしていきたいものです。名づけてJua Kalism。
 
今回は、ケニア人の中の最大部族・キクユ族の名前の付け方(ネーミング)を紹介します。キクユ族の言い伝えでは、その昔キクユという男性と奥さんのムンビの間にできた10人の娘達から、キクユ族が始まったとされています。他に男性はいないのですから、他部族の男性とこの娘達の部族外婚で子孫が増えたということになります。たしかに、私の目から見ても、キクユ族は女系制が強力です。

 

表向きは一応父系制なのですが、その裏に女系制がガッチリ根を張っています。例えば、私の家内にしても、母親、母親の母親(つまりおばあさん)、それに母方のおばあさんの子供たち(つまりおじさん、おばさん)、さらにその子供たち(つまり、いとこ)、との関係を非常に強く保っています。

 

父親が早く亡くなり、長女としてお母さんの苦労をずっと見てきたというせいもあるのでしょうが。まあですからキクユ族の始まりからいっても、キクユの血が入っていれば、キクユに入れてもらえることになります。更に他部族でも、キクユの女性と結婚し、キクユの土地で暮らし、キクユ化した男性もキクユ族という事になります。したがいまして、私もキクユだと思われている、としばしば感じるのも当然なわけです。

 

ケニアの部族が全てそうなのかというと、遊牧民(例えばマサイ族)は全く反対で、遊牧民は世界的にみてもそうですが、強力な父系制の世界です。

 

同じバンツー系の農耕民と比べてみても、私が紅茶を買い付けているメルー族とは、お互いの言葉で話が通じるという、いわば方言関係にあるほど近い関係なのですが、メルー族はキクユ族ほど血の違いに寛容ではありません。

 

まず、キクユ族に限らず、ケニアの一般的な名前の付け方から紹介します。家内の結婚前の名前を例にとりますと、モニカ・ワンガリ・カイルングです。

モニカはクリスチャン名、ワンガリが彼女の個人名で、キクユの10人の娘の1人の名前をもらっています。最後のカイルングが姓にあたるのですが、実はこれはお父さんの個人名です。ケニアには、基本的に姓名(Family Name)というものがありません。近頃は、大きな実力のある一族、例えば初代大統領ケニアッタの一族などは、ケニアッタをファミリー名として使いだしていますが…。まあ、自分も一族のメンバーだと自慢したいのでしょう。

 

家内のお父さんの名前は、ジョン・カイルング・クリアでお分かりのように、お父さんの姓にあたるのは、お父さんのお父さんの個人名・クリアですから、お父さんと娘、というより、子供たち全ては姓が違ってしまいます。女性が結婚しますと、姓にあたる名がお父さんの名から夫の個人名に変わります。

 

ですから、私の家内はモニカ・ワンガリ・マサト(マルカワでなく)ということになります。私自身はマルカワをケニアッタ・ファミリーのように使っていこうと思っていますが…。

 

したがいまして、夫婦でも、姓が違ってきてしまいます。

 

さて、真ん中の個人名の付け方ですが、ここにキクユ独特の規則があります。まず長男が生まれると、個人名に父方のおじいさんの個人名をつけます。

従って、父親の姓と長男の個人名は同じということになります。長男の姓は父親の個人名ですから、父親の名のクリスチャン名は飛ばして、カイルング・クリアだとしますと、彼の長男の名前はクリア・カイルングと入れ替わっただけになります。次男が生まれますと、母方のおじいさんの名前が個人名に、三男は父方の一番上のおじさん、更に、母方の一番上のおじさん、父方の次のおじさん、母方の次のおじさん…などとつながります。

 

娘の場合、長女は父方のおばあさんの名前を相続し、次女は母方のおばあさん、三女は父方の一番上のおばさん…と男子の場合と同じ順序の命名になります。 
名前を相続すると書きましたが、一番心の深いところでその通りなのだと思います。私の想像では、名前にその個人のSpirits・魂が凝結していて、それを次の世代が次々と相続してやらないと、魂がさまよってしまう、というような考えがあるような気がします。名前だけではなく、言葉に神秘的な魔力が備わっているという考えは、世界中に存在します。例えば呪術、のろい等もそれにあたるでしょう。
日本にも、こうした考え方、信仰があるのはご存知のとおりです。言葉が『発明』されたということの、もちろん何万年、或いは、何十万年かかって、動物(猿)の呼び声から変わったのですが、画期的な変化が想像できます。その言葉の進化が人間の脳の進化を促したのだと、私は信じています。

 

まあそういうわけで、キクユ族の親戚一同が集まりますと、同じ名前を持つ男、女がいっぱい出てきます。私がよく知っていたムカミばあさんは、シングル・マザーの娘達の子供(孫)を何人か預かっていたのですが、そのうちの2人の孫娘は、同じムカミという名前を相続していました。

 

そのムカミばあさんがそのうちの1人を呼ぶのに、「ムカミ」と叫んでだりするのですが、私が同じ「マサト」という名前を持つ甥を呼ぶのに、自分の名前の「マサト」と叫んだりはできないな、といつも思っていました。しかし、よくしたもので、ちゃんと呼ばれた方のムカミだけが現れるので、感心したものでした。
キクユのネーミングには、まだ続きがあります。例えば男の子が生まれて、ギゲと命名されたとします。しかし、不幸なことにこのギゲは幼くして亡くなってしまいました。

 

今でもかなり高率ですが、一昔前の幼児死亡率は非常に高かったでしょうから、むしろ生き残れたほうが少ないような状況だったでしょうから、非常にしばしばおこった不幸です。次の男の子が生まれると、このギゲという名は、おじいさんかおじさんから相続した名ですから、やはりギゲという名前をもらわなければなりません。実際そうなります。しかし、親にとって、特に母親にとって、生まれた男の子を改めて同じギゲという名で呼ぶのは、不吉な感じがするのでしょう。先の男の子のことが思い出され、この子も同じ運命になるのではと…。

 

ここからが極めて、キクユ的だと思うのですが、本当の名前はギゲと付けておいて、しかしその名を呼ばなくてもよいように、いわゆるニックネームを同時につけてしまうのです。いろいろなタイプがあるのですが、カリウキというニックネームをつけたとします。

 

カリウキというのは「生まれ変わった子・人」という意味だそうで、きわめて理解できるニックネームです。
そのほか、名前を相続しなければならない人の職業、習慣(例えば、酒飲みだった人は「ビール」という意味のワンジョヒ)をニックネームとして使ったりするそうです。

 

果ては、動物の名前をつけたりもします。実際、私はヒョウさん、ワニさんという名前を持ったおっさんを知っています。

というわけで、ニックネームをつけて、本当の名前を使わないようにするのですが、その使わない程度が徹底しています。本当に、全く使わないのです。
周りの他人にも本当の名前は絶対に教えませんし、自分達も忘れたほうがいいと思っているのでは、と思わせるくらいです。当の子供にも教えません。
成人した頃には教えるのかもしれませんが、それもしない親がいるようです。従って、出生証明書、後には身分証明書の名も、つまり公式の名前もニックネームになってしまいます。

 

このカリウキ君が歳をとり、名前を相続される立場になったとします。何か、次の代は本当の名のギゲに戻ってもよさそうな気がするのですが、カリウキの方を相続してしまうのです。もちろん気持ちとしては、その後ろにギゲが隠れているのでしょうが。しかし、本人のカリウキさんも知っているかどうか怪しいのに、そのカリウキさんが、新しくカリウキさんの名前を相続する新しく生まれた男の子の親に、「実は私の本当の名はギゲだから、この子が成人したら教えてやってくれ」等と忠告するとは思えないのです。こういうことが、何世代も続くのですから、私の周りにいるほとんどのキクユの人は、自分の名前がいわゆるニックネームだとは知っていても、本当の名前は知らないようです。

 

だいぶ長くなりましたが、こうした知識は本を読んで得たのではなく、聞いて、それもゾウさんの顔がトレードマークの、ケニアで一番売れているタスカというビールを飲みながらの会話で得たものです。こうした内容の会話は、やはりかなり親しくならないとしてくれないのか、在ケニア10年以上になって初めて、紅茶関係の知り合いから聞いたような気がします。でも、この「本当の名前」という意味がわからす、出生証明書その他の公式の名前が「本当の名前」でないとはなかなか理解できず、全体像がわかるまでには更に何年もかかってしまいました。

 

ちょっと今思ったのですが、「本当の名前は知らない」と言っているのも、聞かれるとまずいので隠しているだけなのかもしれません。
永々と何世代にもわたって、秘密の「本当の名前」が言い伝えられると考えるほうが、ロマンチックかもしれません。
  
 ケニアの食べ物・ムトゥーラとヤギのスープ 
 以前、ケニア風焼肉(主にヤギ肉)のニャマ・チョマを「ケニアからの手紙vol.2」でご紹介させていただきました。ニャマ・チョマと一緒に用意される、もうひとつの目玉、アフリカン・ソーセージ『ムトゥーラ』は、細かく刻んだレバーやほかの内臓とヤギの血を腸に詰めてつくります。端っこをヒモで結んで口を閉め、時々、串で腸をさしながら、火が通るまでグツグツ煮込みます。そのあと炭火で焼き上げ、輪切りにして食べます。新鮮なお肉と血を使うので、臭みはほとんどありません。また、作る人によっては、腸詰のなかに、コリアンダーや唐辛子を細かく刻んでいれて用意してくれます。辛いもの好きの方には、こちらがおすすめ。ニャマ・チョマと同じくシンプルに塩をつけて食します。美味です!

 

また、じっくり煮込んだ「ヤギの頭スープ」もあります。ただ、このスープは獣臭がするので、苦手な方もいるかもしれませんが、ケニアに来られた際には、ぜひ味見してみてください。元気モリモリになります!

編集室より
UK Tea Council(英国紅茶評議会??)のWebサイトで、世界の紅茶(中国、インド、スリランカ他)について読んでみました。ケニアについては『時間帯を選ばず、いつでも楽しめる理想の紅茶』と大絶賛!さらに『「ビーフ&西洋わさび・サンドイッチ」、「生ハムサンドイッチ」や「濃厚なチョコレートケーキ」とも相性がよい』と、味の強い食事にも負けないケニア紅茶の個性をアピール。『夕食後のケニア紅茶は、「Drambuie(ウィスキー)」と一緒にいただくスモークチーズを一層引き立てる』そうです。他の国の紅茶については一般的情報や統計の数字が載っているだけでしたが、ケニア紅茶の部分は、ずいぶん思い入れの強い文章になっています(筆者はケニア紅茶ファンに間違いありません…)。今までブレンドに使われていたケニア紅茶は、紅茶の本場・英国では、すっかりSpecial Teaとなっているようです(ひさこ)。

Jua Kaliのお店
Jua Kaliのお店
アフリカの腸詰 Mutura
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